急変から3日目~ICU 1 ③~
2020年1月28日(火) ①
当時我が家は、高校野球に熱を入れていて、高知の明徳義塾を家族で全力応援していた。
きっかけは、長女が高校野球好きで、高校3年生の時に「自分達の時代で今年が最後になる。ずっと応援している明徳義塾の野球を観に行きたい!連れて行ってほしい。」と、パパにお願いしたことだった。
それから、長女よりパパがはまって明徳義塾全力応援の日々となる。
明徳義塾の練習試合、地方大会、もちろん甲子園!
明徳野球道場にも観に行っていた。
卒業生や父兄の方、Twitterのフォロワーさんとの個人的な付き合いもあって、大人になって新しいコミュニティができていた。
パパは、当時「番長」と言う名前で、2000人のフォロワーさんがいた。
急変した日に選抜出場が決まった。
人工呼吸器に繋がって、意識のないパパに
「パパ、明徳選抜決まったよ!」と、伝えた。
パパの携帯には、
「明徳義塾高校!選抜出場決定おめでとう!」と、Twitterの下書きがあった。
決まった瞬間に、いつものようにツイートするはずやったのにね…
今回は、少し遅れるね…
明徳義塾の応援を始めて、毎年楽しくさせてもらって、たくさんの感動ももらってきた。
特に38期生は、人なつっこい面白い子がたくさんいて、パパだけでなく、私達家族も仲良くしていた。卒業してから自宅へも遊びに来たこともあった。
何でそう思ったのかはわからないが、その時私は、この子達のエネルギーを借りることにした。
甲子園を目指し、青春時代をひたむきに過ごしながらも、限られた中で面白さを求め、素直に「番長さん!」と慕ってくれていたあの子達の熱いエネルギーを借りなければ!
素直な分、彼らは単純で、
「命が危ない。一緒に願ってほしい。」と伝えるだけで、余計な詮索やマイナスの考えなく、一緒に心から願ってくれると直感で思っていた。
そして、38期生の中でも、とびきり面白くて、よくパパと連絡していたSに電話をした。
一通り説明はしたが、びっくりしたことも手伝って、いつも以上に理解力はなかった。
でも、思っていた通りSは、38期生だけでなく卒業している元野球部に連絡を取ってくれて、一人ずつ応援メッセージ動画を毎日送ってきてくれた。
ちゃんと、学年別に編集し、全国の大学に散らばっている卒業生や、社会人になっている卒業生、プロ野球にいっている卒業生。
みんなが純粋に「頑張ってください!また御飯食べに連れて行ってください!一緒にお酒飲みましょう!明徳魂を思い出して…」と。
パパは、明徳野球部ではないので、明徳魂を思い出して…と言うには、ちょっと笑ったけど、ホントに嬉しかった。
ありがたかった。そして、涙した。
この動画は、パパだけでなく、私達家族にとっても「頑張ろう!絶対良くなる!」と思わせてくれる動画であった。心の支えになった。
この場を借りて、心から感謝の気持ちを伝えたい。ありがとう。
私は、パパが治るまでしっかり家を守らないと!と思い、自分は今何をしなければいけないか?何ができるか?考えていた。
面会も制限がある中、とりあえず、空いた時間に生命保険会社に電話し、手続きの書類を送付してもらう事を伝えた。
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